ポリタス

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  • Photo by Official U.S. Navy Page(CC BY 2.0)

米国と日本、どちらがより「民主主義」の国かが問われる

  • 世一良幸 (元防衛省環境対策室長)
  • 2015年7月8日

2014年11月、沖縄県では辺野古移設反対の翁長雄志氏が当選し知事となった。県民の意向を受けて立った翁長氏の決意には並々ならぬものが感じられる。一方、安倍政権は辺野古移設が「唯一の解決策」だとしてあくまで建設を強行しようとしている。最近では、作業を巡って互いに法的措置を応酬して泥沼化しており、この先も、政府と沖縄との対立はますます先鋭化すると予想される

私は2010年3月まで環境省に在籍し、最後の2年間は防衛省で環境対策室長として米軍基地の環境問題を担当した。環境省を辞めてから『米軍基地と環境問題』を書き、この本により、神奈川県や沖縄県の基地対策関係者に呼ばれ講演が実現した。それから4年ほどになるので、この原稿執筆をお受けするのが適切かどうか迷ったが、本土の人間が少しでも沖縄の問題を積極的に考えていくことが重要であると思い、原稿を書かせていただくこととした。

辺野古移設問題これまでの経緯

ご承知のように、住宅街が近くにまで迫っている普天間基地の危険を取り除くことが、普天間返還と辺野古移設問題の発端である。


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アメリカでは、空軍基地の滑走路の前後は墜落等の危険があるため、ゾーンを分けて規制する「AICUZ」と呼ばれる土地利用の考え方を適用している。これを普天間基地に当てはめると、そもそも建築規制ができないほどに人口が密集しており、アメリカでは禁止とされるゾーンの中に民家や学校がある。このため普天間基地は「世界一危険な空港」とまで呼ばれている。辺野古への移設が進まなければ、必然的に普天間基地の返還は進まない。そうなれば、2004年に沖縄国際大学に大型ヘリが墜落したような事故が、また起こらないとも限らない。

自然を破壊しないように、施設が固定化されないように、辺野古の沖合に「杭打ち桟橋工法」で基地を作る案であった

この危険極まりない普天間基地の返還と移設についての話をまとめたのが、橋本龍太郎元首相である。当時、首相秘書官をしていた江田憲司維新の党前代表は、1996年に橋本氏が総理就任後、いかに真摯に沖縄の人と向き合って普天間返還の話をまとめ上げたかを、ブログに書いている。しかも当時は、自然を破壊しないように、また施設が固定化されないように、辺野古の沖合に「杭打ち桟橋工法」で基地を作るという案であった


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しかし、2009年になって民主党が政権を取り、鳩山元首相が「最低でも県外」と力説したことで、江田氏が言うように「パンドラの箱」が開けられ、関係者が長い時間をかけて作り上げた「ガラス細工」はもろくも砕け散ってしまった。結局、鳩山元首相も辺野古移設案に戻り、それが原因で社民党の福島瑞穂大臣が辞任し、数日後には鳩山元首相自身も辞任することとなった。ちなみに、鳩山氏はアメリカを抜きにした東アジア共同体構想を持っていたので、アメリカ側からの理解が得られないのは当然だったかもしれない。

辺野古移設問題を考えるにあたって、まずはこのような基本的な経緯を理解しておく必要がある。

周辺住民の「環境・安全」を優先せよ

安倍首相になってからは、もっと根本的なところで、沖縄の人たちが日本政府に反感を持ち出した

鳩山元首相の「最低でも県外」発言は、沖縄の人たちに良くも悪くも期待感を与えた。しかし、安倍首相になってからは、もっと根本的なところで、沖縄の人たちが日本政府に反感を持ち出したのではないだろうか。安倍首相の歴史修正主義的スタンスと、戦前に回帰するかのような政策は、今や各国メディアの批判の対象にすらなってしまっている。しかし、このことについて多くは語るまい。また別の話になってしまうだろう。安倍政権が終わってもなお、辺野古移設問題は終わっていないだろうから。

沖縄で問題になっている環境問題は東京で話し合うのではなく、県や市町村と米軍基地の人たちが、地元で直接話し合うのが一番良い

私が米軍基地の環境問題に携わって考えたことは、沖縄で問題になっている環境問題については東京の日米合同委員会の一つである環境分科委員会で話し合うのではなく、県や市町村と米軍基地の人たちが、地元で直接話し合うのが一番良いということであった。実際、ほとんどすべての環境法において、工場・事業場に対して実務を担当しているのは地方の知事や市町村長である。そこを抜きにして、東京で解決するには土台無理がある。


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また、私はアメリカ国内の基地に対する環境規制を学ぶことが米側との交渉に役立つと思い、在任中に米国の軍事活動に対する環境法制を調べたが、やはり民主主義を重んじる国だけあって、民主的な仕組みがしっかり整えられていることがわかった。

たとえば、米国では冷戦終結に伴い350カ所以上もの基地が閉鎖されているが、それらの基地の環境回復について検討するため、地元に市民、国防総省、環境保護庁、州の代表者から構成された回復助言委員会(RAB)が設置され、情報交換とパートナーシップを図っている。

また、アメリカの環境アセスメントは、大統領直属の環境諮問委員会 (CEQ)が担当し、国防総省も含めて連邦の各省庁を調整している。2008年、日米の自然保護団体が提訴していた、絶滅危惧種ジュゴンをめぐるサンフランシスコの連邦地裁での訴訟で、連邦地裁は国防総省に基地移設による生態系への影響調査を命じたが、日本のように裁判所が「高度な政治性」論で判断を回避するということはない。昨年8月には、原告側の新基地建設差し止めの申し立てを同連邦地裁は受理しており、裁判の行方が注目される


Photo by Forest Service Northern RegionCC BY 2.0

このように、基地問題の対処についてアメリカは日本よりも民主的な対応をしている。それならば沖縄は、自分たちが現在具体的に困っている問題について、アメリカに直接話をした方が解決につながるのではないか。そもそも安全保障のための軍事であるのならば、周辺住民の環境・安全が真っ先に守られねばならない。

仏文学者の森有正は、日本人は自分を「あなたのあなた」と意識するとしてその関係を「二項関係」と名付けたが、日本の官僚もアメリカに対して、あらかじめアメリカ側の意向を十分に忖度して、相手に気に入られることをまず考えているのではないか。そして、合意したことを沖縄県民を始め「民」に押し付けている。

アメリカと日本政府の意向を沖縄に押し付けても、沖縄県民からの反発を免れることはできない

このような基本的姿勢を改善せずして、アメリカと日本政府の意向を沖縄に押し付けても、沖縄県民からの反発を免れることはできないだろう。そのやり方では沖縄県民は政府の誠意を感じ取ることができない。政府は、アメリカに対しては下から仰ぎ見て、沖縄県民に対しては上から目線で対応するのではなく、両者とも同じ地平に立って同じ高さの目線で交渉し、話し合うことが必要だろう。

海兵隊の「完全撤退」は本当にあり得ないのか

私は――しばしばセットになって議論されがちであるが――環境保護を唱えるからと言ってやみくもに基地不要論を唱える立場ではない。

東アジアの安全保障環境を考えると、沖縄における米軍の駐留が重要な役割を果たしているのは事実だろう。


Photo by Official U.S. Navy PageCC BY 2.0

ただし、命がけの上陸作戦を行う海兵隊について、元航空自衛官の数多久遠氏は、アメリカが台湾への肩入れを止めるならば、沖縄に海兵隊を置いておく必要はないが、あまり強気に出るとアメリカで沖縄放棄論が出かねないと憂慮している(「THE PAGE」2015年4月24日)。要するに、海兵隊が実際に活躍できるのは台湾だという話だ。

沖縄に海兵隊基地が必要かどうかの議論について、台湾での有事も含めた東アジアの安全保障の観点からアメリカの同盟国日本としてどういう立場を取るのか

一方、元防衛省官房長の柳沢協二氏は、このポリタスの昨年11月の特集において「いざという時に使う意志と能力のない海兵隊は日本にとって抑止力にはならず、辺野古移転には軍事的必然性も政治的正義もない」と断じている

沖縄に海兵隊基地が必要かどうかの議論について、台湾での有事も含めた東アジアの安全保障の観点から、アメリカの同盟国日本としてどういう立場を取るのか。この問題について真正面から答えを出さないならば、仮に野党が政権を取ったとしても、また、鳩山首相のような「迷走」を繰り返すだけのこととなる。

海兵隊のグアムへの移転については、米議会による予算の凍結が解除され、具体的に動き始める感がある。普天間から辺野古やグアム等への分散移転というアメリカ側の計画の真意については、辺野古移設の前提が時によって変わっているため疑問の余地がある。安倍首相が4月に訪米した際も、英文サイト情報では、オバマ大統領は、「海兵隊の沖縄からグアムへの移転を進めることを再確認した」と明言しており、日本の報道機関はこの部分を正確に翻訳しなかったと批判されている。沖縄の負担軽減の必要性について、オバマ大統領の方がより理解しているように見えるが、本当に、海兵隊の沖縄からの「完全撤退」はあり得ないのだろうか。


Photo by Expert InfantryCC BY 2.0

どちらがより「民主主義」の国かが問われる

さきほど述べたように、沖縄県知事は東京の官僚や政治家に要求するよりは、直接アメリカ側と交渉した方が話は早いかもしれない。実際、知事は5~6月に米国を訪問している。

辺野古問題での対立が長引けば、アメリカ側が譲歩案を提示してくるかもしれない

今後、辺野古問題での対立が長引けば、既定路線に固執して「粛々」と進めることしか頭のない日本政府とは違って、アメリカ側が譲歩案を提示してくるかもしれない。ワシントンポスト誌は、昨年11月4日と今年5月21日に、翁長知事がアメリカを例えた「とんでもない泥棒」という言葉や、反対派の米側に対する脅しともとれる決意をそのまま紹介するなど、すでに沖縄に対する理解を示し始めている

沖縄県が4月にワシントンに事務所を開設したり、国連人権理事会に働きかけたりしているように、翁長知事は「民主主義」を旗印にしてしたたかにアメリカを説得し、世界を味方に付けることを狙っている。知事は、親米派で日米関係は重視するが、言うべきことは言うというスタンスである。なお、国連人権理事会の対米審査報告書には、すでに「沖縄の人々の自己決定権や土地権、環境権、女性の人権などが侵害されている」と記述されており、9月には在沖米軍基地に改善勧告が出る予定である(琉球新報 2015/05/20)。

いわゆる反対派というよりも、これからは、沖縄県と名護市が一体となった地元での闘いが進む。世界が注目する中、米国と日本のどちらがより民主的な国家かが問われることとなろう。


Photo by Chairman of the Joint Chiefs of StaffCC BY 2.0

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著者プロフィール

世一良幸
よいち・よしゆき

元防衛省環境対策室長

京都大学文学部仏文学科卒業。1989年以来環境省技官(化学)。パリ大学で環境学の修士、フランス社会科学高等研究学院で社会発展学の修士取得。地球温暖化対策、遺棄化学兵器処理、国連環境計画/GEFなどに携わった。2008年から2年間、防衛省地方協力局環境対策室長。2010年「米軍基地と環境問題」(幻冬舎ルネッサンス)出版。2012年みんなの党から衆議院選挙立候補。現在、京都にて自営業。

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